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チームワークのイデオロギー

第二次産業革命を成功させるためには、労働者がより少ない人数でいかに生産性を上げるかが一つの課題でもあった。このために人民行動党政府が注目したのが、チームで仕事をすることによって生産性を向上させた日本の教訓である。リー・クアンユーは、一九八一年のメーデー演説で、日本的なチームワーク精神を称賛した。我々が労働態度に質的な変化を生じさせるときが来た。これまでシンガポール人は個人で仕事を行なってきた。しかし、今やシンガポール人はチームで仕事をすることを学ばねばならない。偉大なチーム精神は、我々の次の経済発展段階における成功の秘訣である。また、製造業であれサービス業であれ、生産性を高めるのは、仲間同士および労働者と経営者の協力である。

これが良い労働態度の意味するものである。説後、チームワーク精神によって高い生産性を上げること、労働者と雇用者の良好な関係を発展させることの、大切さを訴える全国的なキャンペーンが大々的に開始された。一九八一年九月には国家生産性評議会が設立され、この評議会が中心となってチームワークを受けいれるための運動が進められた。各職場には、雇用者と労働者の代表からなる共同委員会の設置が奨励され、生産性に関する諸問題を討議する。品質管理サークル(いわゆるQCサークル)および作業向上チームは、労働者の小規模な討議グループであり、自分たちの職場の諸問題を検討したり、効率・生産性向上のためのアイデアを出しあうことが奨励された。マス・メディアは、これら委員会やサークルの活動、生産性向上に関する政府の見解などを連日報道した。

「シンガポールは文字通りチームワークのイデオロギー的講話に電撃的に襲われた」(ある研究者の言葉)のである。日本に学ぽうとしたものは、チームワーク精神だけではない。企業内組合と企業内福祉もまた導入された。それは、「企業内組合では、労働者はよりよく会社との一体性を認識でき、白分たちの福利と会社の成功との結びつきを明確にみてとることができる」(全国労働組合評議会議長で人民行動党若手リーダーの一人、オン・テンチョンの発言)からである。一九八一年、従来の組合はまず業種に応じて九つに分割され、さらに企業内組合が作られた。企業内組合によって、労働者の組織力はさらに弱まり、個別企業固有の要請がたやすく実現されることにもなった。一方、企業内福祉は、労働者の会社への結合を強固にするためだけでなく、それによって政府の社会福祉負担が軽減されることも考慮されていた。

政府は十分な資金を持っていたが、増大する福祉負担から軽減されて、経済開発向けインフラストラクチャーの整備に資金を集中することを望んだのである。また同時に、リーは、政府が一般的に医療サービスや住宅などの、一定の基本的社会サービスを提供する義務を負っているとはいえ、苦難や欠乏というあらゆる危険から国民を守るどんな公共福祉制度も、不可避的に生産性の低下を招くであろうと考えていた。したがって、企業内福祉は、政府の福祉負担責任を企業の責任に置きかえることができ、かつ、労働者が生産性を上げれば上げるほど彼の企業の福祉の質が上がることで、労働意欲が促されるはずであった。まさにリーの信念にそう制度である。さらに、シンガポール人の間で頻繁に行なわれるジョブ・ホッピング(職業や会社を転々と変えること)を、かなり制限することも可能となるはずであった。ただ、この一連の「日本に学べ」政策では、日本的システムのなかでシンガポール政府にとって都合が良い部分のみが導入され、ストライキが依然として日本の労働組合の強い交渉力になっている事実などは無視されている。

個人主義者にチームは向かないでは、リーの期待通り、チームワーク精神は労働現場に根づいたのだろうか。国家生産性庁の委託で実施された一九八二年八月の調査では、労働者はリーのメッセージを受け入れてはいないことが明らかとなった。インタビューを受けた五九〇人のうち七〇パーセントが、生産性向上は主として会社の利益となり、労働者の利益とはならないと答えている。この意見は、「無教育」「わずかな教育」層だけでなく、「高い教育」層の間でも同じ傾向であった。また、調査結果は、ほとんどが「チームワーク」促進に積極的に参加することに関心を持っておらず、八九パーセントが小人数の方が生産性が上がるとし、わずか一七パーセントが「チームワーク」に参加してもよいと回答している。